- 初年次教育への課題から始まった高校生向けMOOC講座
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大阪産業大学では、大学が直面するある課題解決に向けて、JMOOC講座を利活用することによって真正面から取り組んだ。今回、JMOOC講座制作・その後の運用を主担当として舵を取ったデザイン工学部情報システム学科の高井由佳先生にお話を伺った。
- 講座名
- :大阪産業大学『はじめて情報システムを学ぶ学生・生徒のために』
- 講座開講時期
- :2016年2月
- 課題
- :確認テスト(各週10問)と 最終週に最終テスト
- 対象
- :大学入学前の高校生
- 運用方法
- :受講対象となる高校生に、JMOOC講座の受講および修了証の取得を課す
- 担当講師
- :高井由佳氏 大阪産業大学デザイン工学部情報システム学科講師
京都工業繊維大学工芸科学研究科博士後期課程修了 博士(学術) 専門は身体知の教育システムに関する研究
- 講座制作前の課題
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「理系リテラシーの強化」に向けて
大阪産業大学によるMOOC講座は、初年度教育を担当する情報システム学科の教員3人が中心となって進められた。企画段階から意見を交わす中で見えてきたのは、いずれも共通して抱いていた一つの課題だったという。制作を担当した高井由佳講師は、eラーニングの研究開発を専門とするひとり。「情報システム学科では、新入生の基本的な理工系のリテラシーの低さが大きな課題になっていました。本学科が文系にも広く門戸を開いているという特有の事情があります。」と、制作の背景を語る。
ゲームやアニメを作りたいという希望をもって入学したものの、それらの具体的職能イメージが曖昧で、学ぶ上で欠かせない工学的なセンスが育たず数学や物理で挫折してしまう学生や、ゲームに行きつくまでにプログラミングが嫌いになってしまう学生が例年のように出た。高校の先生に云われるがまま何を学ぶのか良く理解せずに入学を決めてしまい、結果的に退学してしまう学生もいる。
「初年次教育を担当する教員同士で互いの課題感を確かめ合い、議論を重ね突き詰めていく中で、私たちが今、本当に必要なものを作ろうという結論に至りました。そしてそれは、これから大学に入ってくる学生に向けて、大学ではこんなことを学び、こんなことが大変なんだ、ということを事前に伝えて気づきを与え、学科とのミスマッチを根本から解消する大学の補助教材としてのMOOCだったのです」(高井講師)
- 講座制作の経緯
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講座制作の本当の目的
こうした課題を背景として、大阪産業大学のMOOC講座がターゲットに設定したのは、「大学入学前の高校生」だった。つまり講座の目的を、明確に大学の離学者対策に定めたのである。高校生をターゲットとしたMOOCは極めて珍しく、何よりもまず学内目的達成のための利活用に重きを置いた。大学のPRとしてユーザー数の獲得をめざすものではなく、自分たちのニーズに合ったものを作り、絞り込んだターゲットに発信することで、目的は達成できると考えたのだ。
職業との結びつきという重要性
2015年の夏にはMOOC講座『はじめて情報システムを学ぶ学生・生徒のために』の講義動画の制作がスタートした。制作にあたってはスタジオでの録音と編集にほとんどの予算を割き“ぱらぱらマンガ”風のアニメーション・シーンを多く用いることで、飽きのこない動画に仕上げ、費用も低く抑えることができたという。
さらに「リテラシーの強化」「学科のミスマッチ」という課題のもと、全4週に設定した講座のコンテンツ内容を詰めていくと、次第に「情報システムとはどのような専門なのか」「どのような仕事があるのか」といったテーマを伝えることへの比重が大きくなっていった。実はこの「職業に結びつける」ことこそ、もう一つの課題だったのだ。そして最終的に講座後半の第3、4週の内容は「情報システムの仕事軸」というテーマに絞り込まれていった。
そこで高井講師は次のように語った。
「情報処理の仕事は、プログラマーやシステムエンジニアなど職名は広く認知されているのに対し、仕事内容が認知されていないのが現状です。本学科に入って目的がないまま3、4年生になっても、自分の明確な将来像を持てない学生も多くいます。つまり基本的なリテラシーの問題と、学生と学科のミスマッチの解消に加えて、職業との結びつきを具体的に見せ、学ぶ動機付けにすることの必要性を、私たちは改めて認識したのです」
- 講座制作後の運用と成果
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早い段階で高校生の目的意識を育む
こうして完成したMOOC講座は2016年2月に一般公開されると同時に、情報システム学科へ入学が決まっている推薦入学者らに対して、入学前にMOOC講座をすべて受講し、その修了証を取得するという課題を課した。今後は高大接続教育という意味でも同学の付属高校も含め、早い段階で高校生にアプローチを図り、目的意識を持ってもらいたいと考えている。
さらにコンテンツの内容を「仕事軸」でまとめたことは、新たな利活用の可能性もみせている。それは、今の大学での学びの姿や卒業後の進路といった面での、学生の保護者への訴求、そして情報処理業界への転職者向けとしても同講座が十分に活かせるということだ。初年次教育を担当している大学教員だからこそ見えてきたMOOC講座のあり方といえるだろう。